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牧羊犬様へ――相互記念



(おーおー、ガキは元気だねぇ〜)
 は遠くに見えるフェンスの向こう側を見ながら目を細める。揺らめく水面はあまり近いとはいえない校舎の一角からも涼しそうに光を反射していた。
 今は八月中旬。夏真っ盛りの季節だ。のいる教室からは市民に開放されたプールと、青少年たちが青春にいそしむグラウンドが見える。 少年たちは健康的に日焼けし、威勢のいい掛け声があたりにこだましている。部活命といった風な彼らには夏休みも関係ないのだろう。 その精神は一生をかけてもには理解不能のことに思えた。
 彼らの声に負けまいとセミたちが太陽と共に小賢しく自己主張をしている。空は限りなく青く、日光を反射するグラウンドが眩しい。
「…オヤジくさ」
 窓から見える景色から視線を無理やりはずす。視線を変えた先には驚くほど近くに担任教師がいて、は先程の思考と相まって顔をしかめそうになった。
(うわ。オレ、吉田と同級かよ。すっげぇイヤ)
 吉田とはの担任教師で今、目の前にいる三十代半ばの男である。 年に反してやや老けた印象で、見事に禿げ上がった額がその理由だどいうことは本人以外の周知の事実だった。吉田はオヤジだと誰もが認知している。
 だからと言って嫌われるようなタイプでもなく、比較的生徒にも好かれている教師だ。も中学に入ってから三年間担任という事もあり色々と世話になっている。
「余裕だな、。プールがそんなに恋しいか?…プリントがまったく埋まってないぞ。おい、今日こそは全部やるまで帰さな…
「そうなんですよねぇ〜。吉田先生も恋しくないですか?あの麗しきスクール水着」
 隣の方で男子生徒がプッとふきだした。吉田の太い眉が器用にピクリとそれに反応する。
 ああ、そういえばと吉田がアメリカ帰りの帰国子女だということをは不意に思い出した。 吉田が帰国子女というまだ見ぬ大和撫子(だと思っていた)を見事にぶち壊してくれたことは遠い日の少年のトラウマ思い出として深く胸に刻み込まれている。
「あ、ビキニのブロンド女性でないと物足りないですかね?」
「………いいか、いくらウチがエスカレータの私立中学だからってな、限度ってものがあるのは分かるよな。 ウチぐらいのレベルだったらテストで毎回、赤点でも取らない限り三年の夏休みを補習で潰すバカはいないんだ!」
「いますね。ここにバカ二人」
「分かるか!毎年一人いるかいないかのこの学校で、まる三年夏休みを削られ続ける公務員の気持ちが!! ハゲたらお前のせいだぞ、!」
(いやもうハゲてるし)
 吉田は一つため息をつくと、自分のヘアスタイルが乱れていないか気にしながら(物が少ないから気にしても変わらないって、あれはハゲをデコだと言い張ってんな)、もう一人の補習受講者の方に近寄り、直しを入れ始めた。
 にとっては最後の夏休み。 いくら今のそのまま高等学部に行くといっても何か思い出作りをしたいと思うのは自然の事だとは思う。このまま補習漬けでは、若き日の青春の無駄遣いだ。後悔しながら大人になるのはイヤである。
(何か起きねぇかなあ。こう…強烈に思い出に残るようなやつ。刺激はいらないから。あ、矛盾?)








敗北の定理









 犬を踏んだ。

 正確には尻尾だが。
 それは補習の帰り道、市街から離れ、下町然とした住宅街を抜け、小川に架かった橋を渡り、突き当りのT字路を右に曲がったときだった。
電信柱が丁度死角を作っていたのだろう。その下でうずくまっていた犬に気づかなかったのだ。は突然の足の裏の違和感と犬の悲鳴に思わずバランスを崩し、尻餅をついてしまった。
 最初は熊でも踏んだのかと思い、ビビッたくらいデカイ黒犬だ。喰われるかとも一瞬思ったがいつまでたっても犬は動かない。近づいてよく見れば気を失っているようだった。
 夏の猛暑にやられていたのだろう。道の隅で電信柱の作る影の恩恵に縋っていたところ、突然の痛みに意識が一気に飛んでしまったのかもしれない。
「…………オレのせい?」
 犬には首輪もないようなので、野良だろうと推測された。
「でもこんなトコで倒れてた犬も悪いよな?ってことは、ほっといてもオッケー?」
 しかし、野良にしては毛並みも整えられ、艶もそこそこあるように見える。
「しっぽ踏んで悪かったなイヌ。体、大事にしろよ?」
 犬からの返事はない。
「じゃな。……………………………………………………………………………………………………………………ぐっ…オレのバカ

 罪悪感に完敗乾杯。










「あ゜っぢぃ〜。タダイマー」
 たどり着いた我が家の扉を開けると奥からパタパタとスリッパの足音が近づいてきた。
「あらあら、お帰りなさい。どうしたの、そのおっきい熊のヌイグルミ。小さい頃はよく物を何でもかんでも拾ってきたことはあったけど、その年でまだ直ってなかったのね」
 困った子ねぇ。と目の前の母親は片手を頬にそえて見せる。
「いや犬だし、ナマだし。こいつ毛皮が暑苦しいし、デカイし、重いし、通りすがりの親切な爺さんの手を借りないと背負えなかったし。恥ズ!…言っとくけどオレ、ヌイグルミで遊ぶ趣味ないから」
 あら、そうなの?小さい頃は女の子みたいに遊んでたのにねぇ。と過去の消し去りたい思い出を懐かしそうに残念そうに母は呟いた。 それは母の策略により、幼い頃の自分は遊び道具としてプラモデルなどの代わりにヌイグルミを与えられたからだった。しかしそこは男の子。ヌイグルミの名を借りた怪獣ごっこをしたりで、すぐにボロボロになり寿命は二週間が限度だった。 だが、ヌイグルミで遊んだ事実は変わらなく、家のアルバムには母が苦労して撮った、どう見ても女の子にしか見えない嘆かわしい過去の自分がでかいヌイグルミを抱えて写っている。 過去の汚点だ。
「…で、こいつウチに入れてもいいよな?」
「飼う気?ちゃんと世話できるの?出来ないでしょ」
「いや、この犬どっかのペットかもしれないし」
「じゃ、飼い主探すのね」
「ぅ………めんどくさ」
 感情に負けて犬を拾ってきたので何も考えていなかった。
「もう、面倒見る気のないのに拾ってくるのはよしなさいっていつも言ってるでしょう?しょうがない、お母さんも手伝うからちゃんと飼い主を探すのよ?」
「生き物拾ったのは初めてだっつの。それに尻尾踏んじまったから…」
「はいはい、分かったから。ワンちゃんを部屋で寝かしてあげなさい。この暑さにやられちゃって、可哀想に。見た限り清潔にしてるみたいだし、やっぱりどこかの子なのね」
 何故か母の自分に対する扱いが幼い子供に対するそれになっているのは気のせいだろうか。
「部屋って、オレの部屋?」
「他にどこがあるのよ?」
「いや、リビングとか」
「その年になって自分で拾ってきた物の責任もまだ取れないのかしら」
「いやだからリビングで世話を…」
「あんたが拾ってきたんだから拾ってきた責任ぐらい取りなさい!!」
(うわ、久しぶりに聞いたよ名ゼリフ。てか、絶対犬の毛の掃除がいやなだけだろ、夏だし)
「リビ…
「ほら、さっさと行く!」

「…で、何してやれば良いわけ?クーラーはつけといたけど」
「お母さんにも分かんないわ」
「おい」
「だってウチ、犬なんて飼ったことないじゃない」
 そんなに胸張って言うもんでもない。
「はい、とりあえずこれ」
 犬を部屋に運んでいる間に用意しておいたのだろう、大き目の器にペットボトル、そして小鉢がのった木製の盆を持たされる。
「ポカリと………………梅干し?」
「あら、人間が暑さにやられたときは水分と適度な塩分が必要なら、犬も同じでしょう?同じ哺乳類だし」
「…まあ、ポカリはいいとして…この梅干しってのは」
(食えるのか?…犬が)
「それはあなたの。この時期になるといつも夏バテになるじゃない。そのこと新木のおばあちゃんに電話で話したら送ってきてくれたの。食べなさい美味しいから」
(そんなこと祖母ちゃんに話すなよ)
「茶をくれ。茶を」
「冷蔵庫にあるわ」
「………」
「冷蔵庫」

 おかんに完敗乾杯。

「すっぱ!でもウマ!!祖母ちゃん感謝っ」
 文明の利器によって冷やされた部屋はまさに天国だ。あまり冷やし過ぎてもいけないので昭和の大発明、扇風機を代わりに稼動させた。 自分のベッドに腰掛け、祖母から送られてきた梅干しを茶と共に堪能する。そしてはちらりと自分の部屋に横たわる黒犬を盗み見た。
 今だ犬は目覚める様子がない。と、不意にもそりと黒犬が動き出した。
「お?」
 黒犬は状況を把握するように辺りを見回した後(ちょっと人間くさいイヌだな)、に気づく。 その瞬間、部屋の端まで一気に後ずさり、威嚇するようにを睨みつけた。
「…やっぱ野良なのか?お前。飼い主に捨てられたとか?」
 もちろん、黒犬からの返事はない。予想の範疇の反応だったとはいえ、いろいろ面倒な事になりそうな予感。吠えられないだけマシなのかも知れないが。
「イヌ。とりあえずポカリでも飲むか?」
 が黒犬に手をのばす。黒犬がビクリとゆれた。壁際まで下がっていたのでそれ以上後ろには行けるはずがない。
 ああ、とは思う。
「お前、ボンちゃんに似てるなぁー」
 うわ、懐かしー。思い出しちゃったよオレ。と緊張感もなく言ったに、威嚇していた黒犬は、何言ってんだコイツ。 といった風に器用に眉根を寄せた。(マジで人間ぽいイヌだなおい)そして、我にかえったかのようにを睨むのをやめて、家の廊下へと続くドアを軽くかきはじめた。
「外に出るのか?…もしかして自分で帰れるのかお前。やっぱり野良じゃなくて飼い主いんの?よく分からんイヌだなお前」
 すっかりおとなしくなった黒犬は、自分の意思が伝わったのを感じてか、ドアの前でお座りをしてをじっと見つめている。
「…オレ小学校入る前にこっちに引っ越してきたんだけどさ、その前はド田舎に住んでたのよ」
 もう一度ドアを開ける意思表示をしようとする黒犬にポカリの入った器を出す。
「まあ聞けって。家の回り、田んぼとか畑とかしかないトコでさ。山に囲まれてんの」
 しぶしぶといった風に黒犬がポカリを飲み始める。もともとのどは渇いていたのだろう。そのペースは意外に早い。
「そこの地主っての?その辺で一番でっけー家にさ、オレと同じくらいのガキがいたんだよ。男でさ、すっげぇ無愛想なんだよ。双子の妹がいるらしいけどその辺はよく知らん。名前はなんつったっけな。 オレはボンちゃんて呼んでた記憶があんだけど。………そうそう!!トーマだ!」
 それを聞いて黒犬が勢いよく顔を上げた。










『そんなとこで、なにやってんの?』

『…』

『そんなにらんだってオレはこわくないぞ!オレには、べあくらっしゃーがいるからな』

『おんなの子がそんな口きいちゃいけないよ』

 べしっ

『オレはにっぽんだんじだ!』

『…(イタい)…ぼくに近づかないほうがいいよ。ぼく、鬼子だから』

『おにご?』

『…鬼の子ども』

『んなカッコいいやつのわけあるか!おまえなんてふつうだ。ぼんじん。ボンちゃんだ!』

『…(かなりいや)…』

『ボンちゃんこんなとこにいていいのかよ。おまえのとこで、そうしき?…やってるんだろ?』

『…』

『こんなとこでないてるなんてウジウジしたやつだな』

『君にはかんけいない』

『(かわいくなっ)………やる』

『?』

『おまえみたいなやつは、べあくらっしゃーがきたえなおしてやる!』

『(大きくてじゃま)…いらない』

『やる!』

『…』

『よし!…あ』

『…(こんどは何だ)…』

『そういえばおまえ、なまえは?』

『…』

『な・ま・え!』

『…トーマ









「…最後に憮然とした顔で礼言われてさ、ボンちゃんの照れた顔かなり可愛かったなー」
 しみじみと懐かしんでいると突然ベランダのほうから羽音が聞こえてきた。(の部屋は二階にある)
 さっきまで何を思ってか黙って聞いていた風の黒犬が、よりも早く反応して窓辺に駆け寄っていく。
「うわ、フクロウだ。すっげ、初めて見た。夜行性なんじゃなかったか?…手紙もってる。って、もしかしてお前の飼い主からか?」



『Where is it now ?』



 真っ白い便箋にはたった一言。宛名も差出人の名もないがには不思議とこれが黒犬に宛てた物だと理解した。
「………なに、イヌ。お前って外国育ち?だから日本の夏にバテたの?」
 が手紙を見せながらまじまじと見ると(へ〜これが外国の犬か)、何故か気まずそうに黒犬は目をそむける(お前の前世は人間だな!)

 ガチャリというドアの開閉音とともに母がノックもなしに入ってくる。
「なに?ちゃんとノックしろっていつも言ってるじゃん(青少年の部屋は秘密がいっぱいで危険だ。急に入ってもらっては困る)」
「このワンちゃんの飼い主だって子が来てるのよ」
 母の言葉を聞くなやいなや黒犬が部屋を出て行く。玄関に着いたところで一つ吠え、飼い主らしい人物の声が微かに聞こえた。
「あんなに嬉しそうに駆けて行っちゃって、どうやら本物の飼い主さんみたい。うふふ、これがちょこっと美少年なのよね。お母さんあんな子が欲しかったわ〜」
 と同じ年くらいなのに、こうも違うものかしら。とをみてあからさまにため息をつく母。
(ほっとけ)
 そんな母は置いておき、は黒犬の後を追って玄関へと急ぐ。
 そこには落ち着いた雰囲気の少年が黒犬とフクロウ(さっきのヤツだ!)を従えて、平凡な家の玄関に佇んでいた(このままファンタジー映画に出てきそうな感じ)。
「すみません。…ブラックがお世話になってしまって」
 明らかに日本人だが(ブラックって、まんまだ)、あまり表情のない顔とその雰囲気のせいで日本の同い年の子と言う感じがしない(もしかして帰国子女とか?見た事ないけど手紙も一応英語だったし)。
「いいのよ。気にしないで」
 いつの間について来ていたのか母が愛想よく少年に微笑みかける。
「本当にすみません」
 そういいながら少年はに視線をむける。あまり表情のない顔からは本当にすまないと思っているか判断がつかない(無愛想なヤツだな)。
 しかしそれはすぐにそらされた(なんなんだ?)。

「…ありがとう『…ありがとう

「本当にありがとうございました。では、失礼いたします」

 バタン。








 …………。








 ……?………。








 あれれ?










「ボンちゃん?」










「あまり勝手に出歩かないで欲しいんですが」
「すまない」
「いくら日本が魔法界との関係が薄いからって、捕まる可能性は十分にあるんですよ」
「わかっている」
「その前に日本の蒸し暑さを甘く見てたんじゃないですか?ブラックさん。暑いの駄目でしょう?」
「…」
「ものめずらしいマグルと異国の文化に、はしゃぐ気持ちは分かりますがね」
「(ばれてる?!)」
「節度ある行動をとってくださいね?」
「…ああ」
 少年と黒犬の会話を聞くものはいない。










。今日の課題はスペシャルだ」
「えっなっ!?あっちより二倍はありますよ!?」
「昨日もお前、プリント全部やらなかっただろう」
「いやそれは」
「1・2年の分も考慮すれば、もっと加算したいところだが…まあ、心の広い私に感謝するんだな。」
「無理です。ムリムリムリ」
「出来なかったらお前留年」
「!?」

 留年にかんぱ………………………………それだけは絶対負けねぇ!!







End



あとがき

 ハリポタ連載の「永久に〜」に少しだけリンクしております。もうほとんどオリジナルに近し(イタタ)。
 シリウスさんはハーマイオニー経由で「永久に〜」の男主人公を紹介されまして、彼の家に居候中。
 ただでさえスリザリン生という苦手項目に当てはまるのに、他人行儀な態度とさりげない言葉にシリウスさん困惑&傷心。(笑)
 3巻以降の設定ですが細かい事は綺麗さっぱり忘れてください。
 こんなものですが、相互記念品にどうぞ貰ってくださませ。
 こちらこそ、相互リンクありがとうございました。
 牧羊犬様とこれからも楽しく付き合っていけると嬉しいです。

眞田